yasumiのレジュメ:第1章 人間中心のテクノロジー
yasumiのメモ:『人を賢くする道具』第1章のまとめ
ずっと「人間中心のデザイン哲学」を研究してきた認知科学者のドナルド・ノーマンが、アカデミアを離れ、初めてビジネスの世界に身を置きながら執筆した本。
自身の哲学を産業界で実際に応用するため、必要な原則を検討していく。
ノーマンは、人の心を支援する道具「アーティファクト」を発展させたいと考えている。たとえば外部記憶装置として学習を助けるノートやペン、ディスプレイといったテクノロジーもその一つだ。
しかし、問題がある。
本来、人の心は複雑な方法で認知や思考をしている。代表的なのは体験モードと内省モードの2つで、エンタメに夢中になるのは体験モードで、じっくり探索するのは内省モードだ。
とくに何も対策しなければ、簡単で楽しく興奮する「体験モード」に偏っていくことは想像がつくだろう。
たとえば、エンタメ向けの新しいテクノロジーは、人の心を荒廃させている。
人間は本来、能動的、創造的、社会的存在であり、他者との交流を求めるが、昨今のテクノロジーは人を愚かなエンタメ漬けにして、家に閉じ込めている。ノーマンは、人間に備わっている資質が、機械中心の工学的アプローチによって妨げられていると指摘する。これは、20世紀以降の科学が数値化しやすい情報だけを測り、効率を求めてテクノロジーを発展させてきた代償とも言える。
問題を改善するには、道具やテクノロジーをもっと「人間中心の考え方」でデザインしなければならない、とノーマンは説く。そして、道具やテクノロジーが人の「心」とどのように相互干渉するのか理解し、内省モードを助ける方法を考えていくことが本書の目標だ。
「機械中心の見方」や「効率の追求」によって人の心が荒廃した社会は、退屈である。退屈な社会は、退屈なテクノロジーや生活しか生み出せない。だから本書が論じるのは道具やテクノロジーの問題であると同時に、社会構造の問題とも言える。